長江寺

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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石見銀山領33ヵ寺 23番札所
長江寺
23長江寺2.jpg
山号 極楽山
寺号 長江寺(ちょうこうじ)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県邑智郡川本町湯谷784
観音 聖観音
御詠歌 極楽(ごくらく)の 山は去事(さること) 遠(とお)からす 心のみたに ゆひしんの里
スタンプ設置場所 本堂前
特徴的な樹木 イチョウ
備考 石見国観音霊場 10番札所

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 長江寺は温湯城の時代に建立された菩提寺・広汲寺が、後年、小笠原長隆の代に現在地の湯谷に移転し名を改めたものです。300年近く統治が続いた小笠原氏の菩提寺ということで、旧銀山領内には末寺が多数あり、廃寺となったお寺の仏像などが境内左手の薬師堂に安置されています。

 小笠原長隆は京の都で将軍・朝廷に仕え、元昌八年(1511)、船岡山の合戦では勇将として名を馳せ、併せて歌道にも優れていたと伝えられています。その功績により将軍家から「獏頭の枕」を拝領。この枕で寝ると悪い夢を獏が食べてくれるという逸話があります。小笠原氏隆盛の歴史を継承する長江寺では、これを寺宝として一般に開放されています。

 また文武両道に秀でた長隆が朝廷(後柏原天皇)より拝領したと伝わる「雩(あまごい)の神面」が、秘宝として三原の武明八幡宮に現存しています。この「雩の神面」は、京で大旱魃の際、能を舞って雨を降らせたことで拝領したと言われる能面です。三原地方が旱魃に襲われた際には、孫の長秀がこの面で能を奉納したところ大雨となり、旱魃の危機を脱したとのことです。このお面を納めた箱を開けると大雨・大洪水になるということから、近年実物を見た人はいないとのことです。(現宮司談)

 小笠原氏が温湯城(会下谷)で毛利氏との戦いにやぶれ、甘南備寺で閉居。その後赦されて移ったのが現在地である湯谷の弥山土居とされています。小笠原氏最後の居城となる丸山城を築城する前のことです。湯谷は名のとおり昔から傷を癒すと言われる天然炭酸塩泉が湧き出る地で、湯谷川は鉄分が多くて赤く、所々でシュワシュワとした泡が見られます。現在、お寺の向かいには湯谷温泉「弥山荘」があり参拝のついでに入浴することができます。山門をくぐって境内に入ると、大きな銀杏の大木があり、秋には落ち葉が絨毯のように敷き詰められる美しい光景が見られます。

 先代の住職が自ら調理される「精進料理」は絶品として評判でしたが、現在は予約を受け付けておられません。なお、事前に予約すれば坐禅や写経体験をすることもできます。

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