「大光院」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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移設した小さなお堂に近づくのは危険なので,近くの高山そば道場にあるお地蔵様とお薬師様の写真を拝むことでお詣りとしてください.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>
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 大田市祖式町から桜江町谷住郷に至る県道46号線沿いの「さんもん亭」というおそば屋さんの近くに大江高山を源流とする八反田川という小川が流れており、その川沿いに寺はありました。山号の真瀧山が示す通り、ちょうど寺のあたりで小さな滝が数段続いており、夏には子供たちが滑って遊んでいたそうです。今では建物もなくなり、水しぶきの音だけが響く竹林となりました。県道から八反田川沿いにまっすぐ寺に向かっていた参道は藪に埋もれてしまったので、回り道をして廃屋の横から笹をかき分けて寺跡に行きます。寺跡にはお彼岸に参る檀家さんの休憩場所として小さな庵が建てられており、その前には2体のお地蔵様がひっそりと寺をお守りしておられます。
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 近くに住む古老が子供の頃、お祭りがあると参道には屋台が並び、賑やかだったそうです。今では檀家さんは1軒だけとなりました。
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 石見六郡社寺誌によると、文禄三年(1594)大塚西ノ郷(今の井田村太田)地頭、三郎太郎藤原兼続大居士御神本氏がその地に禅庵を結び大光院と号しました。のち、長江寺の住職洲山宋補がこれを邇摩郡新屋村に移転しました。天保元年(1830)焼失し、天保二年智学和尚がこれを再建したと伝わります。お寺の聖観音様は29番福城寺にお祀りされています。
  
 
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2026年2月12日 (木) 12:56時点における版

 大田市祖式町から桜江町谷住郷に至る県道46号線沿いの「さんもん亭」というおそば屋さんの近くに大江高山を源流とする八反田川という小川が流れており、その川沿いに寺はありました。山号の真瀧山が示す通り、ちょうど寺のあたりで小さな滝が数段続いており、夏には子供たちが滑って遊んでいたそうです。今では建物もなくなり、水しぶきの音だけが響く竹林となりました。県道から八反田川沿いにまっすぐ寺に向かっていた参道は藪に埋もれてしまったので、回り道をして廃屋の横から笹をかき分けて寺跡に行きます。寺跡にはお彼岸に参る檀家さんの休憩場所として小さな庵が建てられており、その前には2体のお地蔵様がひっそりと寺をお守りしておられます。

 近くに住む古老が子供の頃、お祭りがあると参道には屋台が並び、賑やかだったそうです。今では檀家さんは1軒だけとなりました。

 石見六郡社寺誌によると、文禄三年(1594)大塚西ノ郷(今の井田村太田)地頭、三郎太郎藤原兼続大居士御神本氏がその地に禅庵を結び大光院と号しました。のち、長江寺の住職洲山宋補がこれを邇摩郡新屋村に移転しました。天保元年(1830)焼失し、天保二年智学和尚がこれを再建したと伝わります。お寺の聖観音様は29番福城寺にお祀りされています。

石見銀山領33ヵ寺 24番札所
大光院
大光院跡.jpg
山号 真瀧山
寺号 大光院(だいこういん)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県大田市大代町新屋1075
観音 聖観音(福城寺へ移動)
御詠歌 大(おおい)なる 光靡(なびか)す 法(のり)の庭(にわ)に のそむこころの 雲はなく空(そら)
スタンプ設置場所 そば所さんもん亭

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