「松林寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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13松林寺1.jpg|キャプション
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1301_13番松林寺.jpg|松林寺
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1302松林寺本堂.jpg|本堂
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1303本堂扁額.JPG|本堂扁額
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1304本堂内格天井.JPG|本堂内格天井
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1305摩利支天菩薩像.jpg|摩利支天菩薩像
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1306境内の石仏.jpg|境内の石仏
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1307境内石仏.JPG|境内石仏
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1308重蔵山.jpg|重蔵山
 
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2026年2月15日 (日) 11:14時点における最新版

 日本海に近い12番長福寺から仙山峠を上り、富山方面に足を進めると眼前に重蔵山と三瓶山が見える見晴らしの良い台地に出ます。町の中心は少し降りた盆地の中にありますが、松林寺は高原をまっすぐ進んだ吹き渡る風が気持ちの良い田んぼの中にあります。向かいに重蔵山を望む島根県棚田15選に選ばれた風光明媚な場所です。

 松林寺は、天正年間、大森銀山の総光寺三世興嚴瑞繁大和尚の建立と言われ、3番札所龍昌寺の末寺でした。この地は富山といいますが、富山とは富永山城守の城があったことからきていると言われています。富永元保が重蔵山(要害山ともいう)に要害の居城を築き、その向かいの地である才坂に富永氏の菩提寺として養安寺、山中に祈願寺として松林寺を開きました。重蔵山は出雲と石見の境にあり、毛利氏と尼子氏の銀山争奪戦のときには戦略上大変重要な拠点でした。富永氏7代目は毛利氏に降伏しましたが、山頂には今でも富永氏の居城跡が残っています。富永氏6代目の元保が兜守りにしていた「摩利支天菩薩像」は養安寺に納めてありましたが、養安寺が松林寺に合祀されてから松林寺に移り、今は松林寺の兼務寺である長久町の浄土寺に大切にお祀りされています。

 古文書に記された聖観音様も確認することはできませんが、本堂には、見事な天井絵や優しいお顔のお釈迦様をはじめとした仏像がお祀りされています。

石見銀山領33ヵ寺 13番札所
松林寺
13松林寺1.jpg
山号 高徳山
寺号 松林寺(しょうりんじ)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県大田市富山町山中331
観音 聖観音(現在無し)
御詠歌 鳥のこえ ミねのあらしの おしなへて 松の林の 御(み)のりとそきく
スタンプ設置場所 本堂前

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