「臥龍院」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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臥龍院は、同じく七番札所として、「立登る 雲に導き 御仏を 影あらたにそ ふし拝む寺」と
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 三瓶町池田にあった寺院です。現在建物はなく、田んぼ横の丘陵地に雑木林となった跡地が残っています。明治六年(1873)に廃寺となり、近くの瑞雲山(ずいうんざん) 崇福寺(そうふくじ) に合併されました。聖観音様はこちらのお寺で参拝することができます。
いう御詠歌が知られています。明治6年(1873)に廃寺となり、崇福寺に合併さ
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 池田町に住む古老が子供の頃、臥竜院にはお歯黒のおばあさんが一人で住んでいたそうです。昭和の初期まで建物だけは残っていたのでしょう。
寺跡は竹やぶになっていますが、江戸時代には三瓶山十二勝のうちの一つでした.近くの崇福寺に聖観音様がおられます。<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>
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 江戸時代には「三瓶十二勝」に挙げられるほど風光明媚な場所だったようです。三瓶十二勝とは、寛政年間(1789~1801) 三瓶町志学出身の医師「今田知郷」が、三瓶山周辺の景色の良い場所を十二勝として、京都在住の公家などに依頼した日本画・和歌・漢詩 三巻の巻物のことです。臥竜院は11番目に紹介されており、日本画は白庸という画家が描いています。和歌は前権中納言持豊によって「大空にたなびく雲もふす龍の寺の名におふ夕ながめかな」と読まれています。京都西6条の光隆寺の僧知影は「臥竜院は山深い場所。鐘の音が白雲を通して山から山へ響き渡る。終日訪れる人もなくただ凝然として一人の老僧の姿がある」という意味の漢詩を読んでいます。
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== 動画 ==
 
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※この動画は'''ダミー'''です。
 
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15臥龍院1.JPG|キャプション
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1505臥龍院の聖観音菩薩像.jpg|聖観音菩薩像
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1506崇福寺.JPG|崇福寺
 
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2026年2月15日 (日) 11:38時点における最新版

石見銀山領33ヵ寺 15番札所
臥龍院
15臥龍院1.JPG
山号 起雲山
寺号 臥龍院(がりゅういん)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県大田市三瓶町池田(建物無し)
観音 聖観音
御詠歌 臥竜(ふすたつ)も 御法(みのり)の風(かぜ)に おとろきて 立(たち)のほるかと ミねのしら雲
スタンプ設置場所 崇福寺本堂前
備考 石見国観音霊場 7番札所
崇福寺(大田市三瓶町)に合併

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 三瓶町池田にあった寺院です。現在建物はなく、田んぼ横の丘陵地に雑木林となった跡地が残っています。明治六年(1873)に廃寺となり、近くの瑞雲山(ずいうんざん) 崇福寺(そうふくじ) に合併されました。聖観音様はこちらのお寺で参拝することができます。

 池田町に住む古老が子供の頃、臥竜院にはお歯黒のおばあさんが一人で住んでいたそうです。昭和の初期まで建物だけは残っていたのでしょう。

 江戸時代には「三瓶十二勝」に挙げられるほど風光明媚な場所だったようです。三瓶十二勝とは、寛政年間(1789~1801) 三瓶町志学出身の医師「今田知郷」が、三瓶山周辺の景色の良い場所を十二勝として、京都在住の公家などに依頼した日本画・和歌・漢詩 三巻の巻物のことです。臥竜院は11番目に紹介されており、日本画は白庸という画家が描いています。和歌は前権中納言持豊によって「大空にたなびく雲もふす龍の寺の名におふ夕ながめかな」と読まれています。京都西6条の光隆寺の僧知影は「臥竜院は山深い場所。鐘の音が白雲を通して山から山へ響き渡る。終日訪れる人もなくただ凝然として一人の老僧の姿がある」という意味の漢詩を読んでいます。

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