「勝源寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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 大森代官所(芋代官ミュージアム)から大森の町並みに入る手前を右に進むと,勝源寺の山門が見えます。安養院即応山勝源寺は2代目奉行であった竹村丹後守道清が慶長六年(1601)に大旦那となり創建した寺です。
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東照宮があり,代々将軍の位牌を祀ってあります.徳川家ゆかりの品々,バテレン地蔵などがあります.寺の随所に施された彫刻に心を奪われます.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>御朱印があります。
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 このお寺は徳川将軍家との関係が深く、境内には家康の死後、竹村丹後守が家康の位牌を安置する尊牌殿を裏山に建て、のちに日光東照宮ができると尊牌殿を東照宮と改めて、代々の将軍の位牌(初代家康から12代家慶(いえよし)まで)を祀っており、天領としてのシンボル的な存在です。この他、6人の奉行・代官(竹村丹後守道清、鈴木八右衛門、関忠太夫、会田伊右衛門、前沢藤十郎、鈴木八左ヱ門)の墓があります。また代官所御用請負人として掛屋、郷宿、ご用達などを営み、代官所と密接な関係にあった熊谷家の寺でもあります。
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 寺宝として、大田市の文化財である絹本著色家康並びに十六将図のほか、島根県の文化財である木造阿弥陀如来立像、変わったところでは、隠れキリシタン地蔵やマリア像も存在します。この像がいつ頃の物かは分かりませんが、当時幕府はキリシタン禁制の政策をとっており、代官所近くの、しかも徳川家との所縁も深いこの寺に何故こうしたものがあるのか、想像を掻き立てられます。
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 その他文化財も数多く、特に石段を上った先にある楼門作りの四脚山門は、棟方志功も絶賛したという、石賀小平次作と伝わる水飲み龍の彫刻が彫ってあり、見る者を圧倒します。
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2026年2月13日 (金) 10:05時点における最新版

 大森代官所(芋代官ミュージアム)から大森の町並みに入る手前を右に進むと,勝源寺の山門が見えます。安養院即応山勝源寺は2代目奉行であった竹村丹後守道清が慶長六年(1601)に大旦那となり創建した寺です。

 このお寺は徳川将軍家との関係が深く、境内には家康の死後、竹村丹後守が家康の位牌を安置する尊牌殿を裏山に建て、のちに日光東照宮ができると尊牌殿を東照宮と改めて、代々の将軍の位牌(初代家康から12代家慶(いえよし)まで)を祀っており、天領としてのシンボル的な存在です。この他、6人の奉行・代官(竹村丹後守道清、鈴木八右衛門、関忠太夫、会田伊右衛門、前沢藤十郎、鈴木八左ヱ門)の墓があります。また代官所御用請負人として掛屋、郷宿、ご用達などを営み、代官所と密接な関係にあった熊谷家の寺でもあります。

 寺宝として、大田市の文化財である絹本著色家康並びに十六将図のほか、島根県の文化財である木造阿弥陀如来立像、変わったところでは、隠れキリシタン地蔵やマリア像も存在します。この像がいつ頃の物かは分かりませんが、当時幕府はキリシタン禁制の政策をとっており、代官所近くの、しかも徳川家との所縁も深いこの寺に何故こうしたものがあるのか、想像を掻き立てられます。

 その他文化財も数多く、特に石段を上った先にある楼門作りの四脚山門は、棟方志功も絶賛したという、石賀小平次作と伝わる水飲み龍の彫刻が彫ってあり、見る者を圧倒します。

石見銀山領33ヵ寺 5番札所
勝源寺
05勝源寺1.JPG
山号 安養山
寺号 勝源寺(しょうげんじ)
宗旨 浄土宗
所在地 島根県大田市大森町イ430-1
観音 十一面観音(現在無し)
御詠歌 勝(すぐれ)つる 源(みなもと)清(きよ)き 池水(いけみず)ハ 燃(も)る火(ひ)消(きえ)し ためしなるらん
スタンプ設置場所 山門前の看板横
URL http://www.shougenji.ecnet.jp/

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