「清水寺」の版間の差分
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清水寺の本尊の十一面観世音菩薩(伝行基作)は、石見銀山の繁栄に深く寄与しています。銀山の発見は日本海沖から博多商人の神屋寿禎が観音の霊光を見たことに | 清水寺の本尊の十一面観世音菩薩(伝行基作)は、石見銀山の繁栄に深く寄与しています。銀山の発見は日本海沖から博多商人の神屋寿禎が観音の霊光を見たことに | ||
よるものであり、山師の安原伝兵衛は観音の霊験により釜屋間歩から大量の銀を産出するに至っています。清水寺は、石見国三十三所巡礼の一番札所にもなり、「長き世の 闇をば照らす 清水に すみてさやけき 月の光は」という御詠歌が伝えられています。<ref>『[[出版物#.E3.80.8E.E7.9F.B3.E8.A6.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.A0.98.E4.B8.89.E5.8D.81.E4.B8.89.E3.82.AB.E6.89.80.E5.B7.A1.E3.82.8A.E3.80.8F|石見銀山領三十三ヵ所巡り]]』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。</ref> | よるものであり、山師の安原伝兵衛は観音の霊験により釜屋間歩から大量の銀を産出するに至っています。清水寺は、石見国三十三所巡礼の一番札所にもなり、「長き世の 闇をば照らす 清水に すみてさやけき 月の光は」という御詠歌が伝えられています。<ref>『[[出版物#.E3.80.8E.E7.9F.B3.E8.A6.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.A0.98.E4.B8.89.E5.8D.81.E4.B8.89.E3.82.AB.E6.89.80.E5.B7.A1.E3.82.8A.E3.80.8F|石見銀山領三十三ヵ所巡り]]』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。</ref> | ||
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+ | 家康から拝領された「辻ヶ花染丁字文胴服」など寺宝あり.苔むした佇まいに時の流れを感じます.御朱印は圓応寺にてお渡ししています.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref> | ||
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− | + | ※ご住職のことば”仙の山に二つの池があり”についての解説 | |
− | <youtube> | + | ご住職が昭和34~35年頃、伝え聞いた話です.「朝、夕と霊光が中天に上り」というくだりに, |
+ | 「朝日ケ池、夕日ケ池とよばれるそれぞれの池があった.」と伝えられていました. | ||
+ | 清水寺の縁起(漢文訳)では "池上に霊光を発し仏身中天に現わる。国人これを | ||
+ | 称して朝日池という”記述となっており「二つ」「夕日」は記述されておりません. | ||
+ | 池の跡が仙の山にあることは確認されていますが,一つなのか二つなのかについては,2説あるようです. | ||
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01清水寺.JPG|本堂 | 01清水寺.JPG|本堂 | ||
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2022年4月26日 (火) 00:34時点における最新版
石見銀山領三十三ヵ所 1番札所 清水寺 | |
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本堂 | |
山号 | 銀峰山 |
寺号 | 清水寺(せいすいじ) |
宗旨 | 真言宗 |
所在地 | 島根県大田市大森町ニ95 |
観音 | 十一面観音 |
本尊 | 十一面観音 |
御詠歌 | うち初(そむ)る 補陀落山(ふだらくせん)も これそこの 清水寺(きよみずでら)の たきつしら波 |
備考 | 石見国観音霊場 1番札所 |
地図を読み込み中... |
清水寺の本尊の十一面観世音菩薩(伝行基作)は、石見銀山の繁栄に深く寄与しています。銀山の発見は日本海沖から博多商人の神屋寿禎が観音の霊光を見たことに よるものであり、山師の安原伝兵衛は観音の霊験により釜屋間歩から大量の銀を産出するに至っています。清水寺は、石見国三十三所巡礼の一番札所にもなり、「長き世の 闇をば照らす 清水に すみてさやけき 月の光は」という御詠歌が伝えられています。[1]
家康から拝領された「辻ヶ花染丁字文胴服」など寺宝あり.苔むした佇まいに時の流れを感じます.御朱印は圓応寺にてお渡ししています.[2]
動画[編集]
※ご住職のことば”仙の山に二つの池があり”についての解説 ご住職が昭和34~35年頃、伝え聞いた話です.「朝、夕と霊光が中天に上り」というくだりに, 「朝日ケ池、夕日ケ池とよばれるそれぞれの池があった.」と伝えられていました. 清水寺の縁起(漢文訳)では "池上に霊光を発し仏身中天に現わる。国人これを 称して朝日池という”記述となっており「二つ」「夕日」は記述されておりません. 池の跡が仙の山にあることは確認されていますが,一つなのか二つなのかについては,2説あるようです.
画像ギャラリー[編集]
脚註[編集]
- ↑ 『石見銀山領三十三ヵ所巡り』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。
- ↑ 「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより