「甘南備寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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甘南備寺は、明治17年(1887)までは、渡山の山頂に位置していました。石見国三十三所巡礼の十一番札所にもなり、「うろちより むろちをさして 行く船の 渡りの山に 名にし大寺」という御詠歌が伝えられています<ref>『[[出版物#.E3.80.8E.E7.9F.B3.E8.A6.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.A0.98.E4.B8.89.E5.8D.81.E4.B8.89.E3.82.AB.E6.89.80.E5.B7.A1.E3.82.8A.E3.80.8F|石見銀山領三十三ヵ所巡り]]』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。</ref>
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 21番仙岩寺から江の川沿いに約10km下った国道261号線沿いにあります。古い山門がいかにも古刹の佇まいです。かつて見上げていたお寺は、江の川水害を防ぐ堤防が築かれた際に階段の一部が埋め立てられました。境内には枝垂れと大イチョウがあります。
日本で3番目に古い鎧があり,島根県立古代出雲歴史博物館に収められています.本堂の青基調の天井絵の龍は見事です。春のしだれ桜が美しいです.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>  御朱印があります。
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 天平年中(729-749)の創建。法相宗でしたが、弘法大師が真言宗に改宗されたといい、中世には小笠原氏の祈願所でした。丸山城主小笠原長旌が武運長久を祈願するために佐々木高綱の大鎧と伝えられる「黄櫨匂威大鎧残闕(はじにおいおどしおおよろいざんげつ)」を奉納しました。国の重要文化財に指定されています。
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 平安以降、甘南備寺山の山頂台地から山腹にかけて諸伽藍が建ち並んでいましたが、元亀元年(1570)の大火により焼失しました。その後堂塔は復活しましたが、明治五年(1872)の浜田地震により水が枯渇したことから、明治十七年(1884)に現在の地に移転しました。その際、山門だけは山頂から降ろしたそうです。
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 古代から続く甘南備寺には以下のような不思議なお話が伝わっています。「ある冬、大雪が降って食べ物がなくなったお寺に鹿が現れました。小僧たちは打ち取って食べ命をつなぐことができましたが、その鹿は実は仏様でした。」というお話です。その証拠に甘南備寺の仏様の右胸には、小僧さんが射った矢の傷跡が残っています。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)という知恵の仏様です。50年に1回ご開帳のある秘仏(やはり虚空蔵菩薩)のご本尊の前におられます。十三参りという伝統行事では、数え年で13歳になった子供は、虚空蔵菩薩にお参りして知恵と福徳を授かることができます。また、事前に予約すればお堂で心静かに写経をすることもできます。
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== 動画 ==
 
== 動画 ==
 
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2026年2月16日 (月) 12:14時点における最新版

石見銀山領33ヵ寺 22番札所
甘南備寺
22甘南備寺1.jpg
山号 寶生山
寺号 甘南備寺(かんなみじ)
宗旨 真言宗
所在地 島根県江津市桜江町坂本3842-1
観音 聖観音(現在無し)
御詠歌 喚子鳥(よぶことり) 人にさけふや 甘南備(かんなみ)の 山はうきよの すミよかりきと
スタンプ設置場所 本堂前
特徴的な樹木 しだれ桜、イチョウ
地形・地質 流紋岩
備考 石見国観音霊場 11番札所

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 21番仙岩寺から江の川沿いに約10km下った国道261号線沿いにあります。古い山門がいかにも古刹の佇まいです。かつて見上げていたお寺は、江の川水害を防ぐ堤防が築かれた際に階段の一部が埋め立てられました。境内には枝垂れと大イチョウがあります。

 天平年中(729-749)の創建。法相宗でしたが、弘法大師が真言宗に改宗されたといい、中世には小笠原氏の祈願所でした。丸山城主小笠原長旌が武運長久を祈願するために佐々木高綱の大鎧と伝えられる「黄櫨匂威大鎧残闕(はじにおいおどしおおよろいざんげつ)」を奉納しました。国の重要文化財に指定されています。

 平安以降、甘南備寺山の山頂台地から山腹にかけて諸伽藍が建ち並んでいましたが、元亀元年(1570)の大火により焼失しました。その後堂塔は復活しましたが、明治五年(1872)の浜田地震により水が枯渇したことから、明治十七年(1884)に現在の地に移転しました。その際、山門だけは山頂から降ろしたそうです。

 古代から続く甘南備寺には以下のような不思議なお話が伝わっています。「ある冬、大雪が降って食べ物がなくなったお寺に鹿が現れました。小僧たちは打ち取って食べ命をつなぐことができましたが、その鹿は実は仏様でした。」というお話です。その証拠に甘南備寺の仏様の右胸には、小僧さんが射った矢の傷跡が残っています。虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)という知恵の仏様です。50年に1回ご開帳のある秘仏(やはり虚空蔵菩薩)のご本尊の前におられます。十三参りという伝統行事では、数え年で13歳になった子供は、虚空蔵菩薩にお参りして知恵と福徳を授かることができます。また、事前に予約すればお堂で心静かに写経をすることもできます。

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