「仙岩寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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仙岩寺は、石見国三十三所巡礼の九番札所にもなり、「来てみれば 流れも清き この寺の 岸に至るや 法の番人」という御詠歌が伝えられています。<ref>『[[出版物#.E3.80.8E.E7.9F.B3.E8.A6.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.A0.98.E4.B8.89.E5.8D.81.E4.B8.89.E3.82.AB.E6.89.80.E5.B7.A1.E3.82.8A.E3.80.8F|石見銀山領三十三ヵ所巡り]]』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。</ref>re
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 仙岩寺は、天正四年(1576)に開創された小笠原ゆかりの曹洞宗のお寺で、川本町の中心街に沿って流れる江の川の対岸(右岸)にそびえる仙岩寺山(294m)の中腹にあります。現在は無住ですが、ご朱印・スタンプは、長江寺にて頂くことができます。登り口からは折れ曲がった約300段の石段を上がり、15分で山門に至ります。石段の両脇には、何体もの地蔵や観音様の石像が続き、苔むす岩からは侘び寂びを感じます。境内から眼下に望む川本の町並みは、周辺の山々を背景に、目の覚めるような美しさとして知られています。
江の川と川本の町並みを見おろす絶景。280段の参道に地蔵尊が立ち並んでいます。島根名水百選の岩清水があります.御朱印は長江寺にてお渡ししています.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>
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 正徳年間(1711~1716)に訪れた松尾芭蕉の門人・北鯤(ほっこん)が仙岩寺の風景を愛でて詠んだ句「雪の時見たし青葉の仙岩寺」が伝えられています。
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 また、石見観音霊場第九番札所として歴史的にも近郷近在の人々の信仰を集めてきました。本尊は薬師如来で、両脇侍として日光菩薩、月光菩薩が祀られています。
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境内奥の急な階段を上ると京都から勧請された愛宕社があり、そこには50年に1度の御開帳と言われる勝軍地蔵様が本尊として祀られ、十二神将の像が守護しているとされ、神仏習合の名残をとどめています。火伏せの神様として信仰を集める愛宕社は、大火を幾度となく潜り抜けてきた川本住民によって大切にされてきました。また、この神社の裏から湧き出ている石清水は島根名水百選「歴史の泉」に選ばれています。信仰の水としても大切にされてきたようです。
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 仙岩寺山には、仙岩寺を含め青岩城(飯ノ山城)跡もあり、毛利、尼子時代の古戦場としての歴史を証します。仙岩寺山の南側には、巨岩「米くい岩」があり、町からもよく見えます。その民話は祖父母から子や孫に伝承されており、次のようなお話です。『江川対岸の山に住んでいた一人暮らしの男の子「がっこ」に、町の人は食べ物を分けていたが、ある日突然姿が見えなくなった。心配しながらも、いつかは帰ってくるだろうと毎日ご飯を届け続けたところ、誰もいないのに椀のご飯はなくなっていた。誰が食べたんだろうと不思議に思って見上げると、大きな岩がパカンと口を開けてそびえ立っていた。その形は、お米のようで、岩が食べたんだと想像した。』「がっこ」は岩になったのでしょうか?また、仙岩寺山全体を見渡すと、大きなワニが横たわっているようにも見え、米くい岩は、その目にあたります。昔の人の想像力の逞しさが伝わってきます。
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== 動画 ==
 
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※この動画は'''ダミー'''です。
 
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2026年2月16日 (月) 11:55時点における最新版

石見銀山領33ヵ寺 21番札所
仙岩寺
21仙岩寺2.JPG
山号 臨流山
寺号 仙岩寺(せんがんじ)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県邑智郡川本町谷戸295
観音 千手観音
御詠歌 仙人(やまびと)の 岩(いわ)守(も)る瀧(たき)の 水(みず)清(きよ)く 臨(のぞ)むなかれ 心凉(すず)しも
スタンプ設置場所 山門下
特徴的な樹木 ケヤキ
地形・地質 岩山
備考 石見国観音霊場 9番札所

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 仙岩寺は、天正四年(1576)に開創された小笠原ゆかりの曹洞宗のお寺で、川本町の中心街に沿って流れる江の川の対岸(右岸)にそびえる仙岩寺山(294m)の中腹にあります。現在は無住ですが、ご朱印・スタンプは、長江寺にて頂くことができます。登り口からは折れ曲がった約300段の石段を上がり、15分で山門に至ります。石段の両脇には、何体もの地蔵や観音様の石像が続き、苔むす岩からは侘び寂びを感じます。境内から眼下に望む川本の町並みは、周辺の山々を背景に、目の覚めるような美しさとして知られています。

 正徳年間(1711~1716)に訪れた松尾芭蕉の門人・北鯤(ほっこん)が仙岩寺の風景を愛でて詠んだ句「雪の時見たし青葉の仙岩寺」が伝えられています。

 また、石見観音霊場第九番札所として歴史的にも近郷近在の人々の信仰を集めてきました。本尊は薬師如来で、両脇侍として日光菩薩、月光菩薩が祀られています。 境内奥の急な階段を上ると京都から勧請された愛宕社があり、そこには50年に1度の御開帳と言われる勝軍地蔵様が本尊として祀られ、十二神将の像が守護しているとされ、神仏習合の名残をとどめています。火伏せの神様として信仰を集める愛宕社は、大火を幾度となく潜り抜けてきた川本住民によって大切にされてきました。また、この神社の裏から湧き出ている石清水は島根名水百選「歴史の泉」に選ばれています。信仰の水としても大切にされてきたようです。

 仙岩寺山には、仙岩寺を含め青岩城(飯ノ山城)跡もあり、毛利、尼子時代の古戦場としての歴史を証します。仙岩寺山の南側には、巨岩「米くい岩」があり、町からもよく見えます。その民話は祖父母から子や孫に伝承されており、次のようなお話です。『江川対岸の山に住んでいた一人暮らしの男の子「がっこ」に、町の人は食べ物を分けていたが、ある日突然姿が見えなくなった。心配しながらも、いつかは帰ってくるだろうと毎日ご飯を届け続けたところ、誰もいないのに椀のご飯はなくなっていた。誰が食べたんだろうと不思議に思って見上げると、大きな岩がパカンと口を開けてそびえ立っていた。その形は、お米のようで、岩が食べたんだと想像した。』「がっこ」は岩になったのでしょうか?また、仙岩寺山全体を見渡すと、大きなワニが横たわっているようにも見え、米くい岩は、その目にあたります。昔の人の想像力の逞しさが伝わってきます。

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※この動画はダミーです。

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