「神宮寺(八百山)」の版間の差分
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{{石見銀山領33ヵ寺基本情報 | {{石見銀山領33ヵ寺基本情報 | ||
|名称 = 神宮寺 | |名称 = 神宮寺 | ||
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|備考 = 物部神社の別当寺 | |備考 = 物部神社の別当寺 | ||
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| − | + | 古来より文武両道の神・鎮魂の神・勝運の神として崇敬されてきた石見一宮物部神社の広い境内に別当寺として置かれていたのが神宮寺です。明治初めの「神仏分離」の政策で廃仏毀釈運動がおこるまでは、神社の祭祀・加持祈祷・神前読経を仏式で行っていたそうです。石見国三十三カ所巡礼の5番札所でもあります。 | |
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| + | 現在、神社本殿に向かって右手の駐車場側に石垣があり、「神宮寺」があった平らな跡地には、たくさんの榊(サカキ)が植林されています。神社の境内マップにも「神宮寺跡」と掲載がありますが、詳細は不明です。「神仏分離」令により、神宮寺自体は建物は解体されますが、解体された建材は祖霊舎の建具に転用され、釣り玉が祖霊舎の飾りとして往時の面影を伝えます。 | ||
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| + | 物部氏の始祖とされる宇摩志麻遅尊(うましまじのみこと)を祀る物部神社は三瓶山から流れる静間川と忍原川とが合流する川合町にあり、ご祭神が鶴に乗って「鶴降山(つるぶさん)に降臨したという伝説から、神紋は太陽を背負った鶴「ひおいの鶴」で、全国でここだけのものです。 | ||
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| + | また、平成二十五年(2013)の創建1500年記念事業の一環としてつくられた大きな鳥居に目をひかれますが、島根県内では木造鳥居として最大級を誇るとのことです。社殿裏手のご神体山である八百山は、神聖な空気に包まれていており、ご祭神のお墓(円墳)として静かに祀られています。 | ||
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| + | 戦国時代には、周辺一帯が石見銀山争奪戦の舞台となりました。大内氏・毛利氏の戦勝祈願の記録もあり、武具の奉納、天領歴代代官の赴任に伴う報告祈願、文芸・武道の上達祈願、氏族繁栄・雨乞い祈願・戦中の砲弾避けなど、多種多様の祈祷が執り行なわれていたのでしょう。 | ||
== 動画 == | == 動画 == | ||
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== 画像ギャラリー == | == 画像ギャラリー == | ||
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| − | + | 0901_9番神宮寺.JPG|神宮寺 | |
| − | + | 0902神宮寺祖霊社.JPG|神宮寺祖霊社 | |
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| − | + | 0904神宮寺跡看板.jpg|神宮寺跡看板 | |
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| − | + | 0906神札所にスタンプあり.jpg|神札所にスタンプあり | |
| − | + | 0907物部神社の大鳥居.jpg|物部神社の大鳥居 | |
| − | + | 0908物部神社2.jpg|物部神社2 | |
| − | + | 0909物部神社のつる.jpg|物部神社のつる | |
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2026年2月13日 (金) 12:08時点における最新版
| 石見銀山領33ヵ寺 9番札所 神宮寺 | |
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| 山号 | 八百山 |
| 寺号 | 神宮寺(じんぐうじ) |
| 宗旨 | 真言宗 |
| 所在地 | 島根県大田市川合町川合1545(物部神社内/建物無し) |
| 観音 | 聖観音(現在無し) |
| 御詠歌 | むらさきの 雲こそかかれ 八百山(やおやま)の 光(ひかり)やはらく あけほのの空(そら) |
| スタンプ設置場所 | 物部神社拝殿横売店前 |
| 備考 | 物部神社の別当寺 |
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地図を読み込み中... | |
古来より文武両道の神・鎮魂の神・勝運の神として崇敬されてきた石見一宮物部神社の広い境内に別当寺として置かれていたのが神宮寺です。明治初めの「神仏分離」の政策で廃仏毀釈運動がおこるまでは、神社の祭祀・加持祈祷・神前読経を仏式で行っていたそうです。石見国三十三カ所巡礼の5番札所でもあります。
現在、神社本殿に向かって右手の駐車場側に石垣があり、「神宮寺」があった平らな跡地には、たくさんの榊(サカキ)が植林されています。神社の境内マップにも「神宮寺跡」と掲載がありますが、詳細は不明です。「神仏分離」令により、神宮寺自体は建物は解体されますが、解体された建材は祖霊舎の建具に転用され、釣り玉が祖霊舎の飾りとして往時の面影を伝えます。
物部氏の始祖とされる宇摩志麻遅尊(うましまじのみこと)を祀る物部神社は三瓶山から流れる静間川と忍原川とが合流する川合町にあり、ご祭神が鶴に乗って「鶴降山(つるぶさん)に降臨したという伝説から、神紋は太陽を背負った鶴「ひおいの鶴」で、全国でここだけのものです。
また、平成二十五年(2013)の創建1500年記念事業の一環としてつくられた大きな鳥居に目をひかれますが、島根県内では木造鳥居として最大級を誇るとのことです。社殿裏手のご神体山である八百山は、神聖な空気に包まれていており、ご祭神のお墓(円墳)として静かに祀られています。
戦国時代には、周辺一帯が石見銀山争奪戦の舞台となりました。大内氏・毛利氏の戦勝祈願の記録もあり、武具の奉納、天領歴代代官の赴任に伴う報告祈願、文芸・武道の上達祈願、氏族繁栄・雨乞い祈願・戦中の砲弾避けなど、多種多様の祈祷が執り行なわれていたのでしょう。
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