「龍昌寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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 銀山公園の駐車場から龍源寺間歩方面に進み、龍源寺間歩までの道のちょうど半分程度まで来たところに休憩所があります。この近くには安養寺という寺があり、そこから遊歩道を少し戻ると、銀山大盛祈願道場(銀山には3ヶ所存在するうちの一つ)という石碑が現れます。この先を進むと96段の登り石段に差し掛かります。ここが玉峯山龍昌寺のあった場所です。現在は銀山の衰退に伴い移転し、仏堂も残っていません。
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 由緒によれば、応永年間(1394~1427)銀山仙の山に草庵を結んだが、寛正年間(1460~1466)に山吹城の内寺となったと伝わります。1527年に後口に瀧があるのをもって瀧照寺となりますが、文禄三年(1594)曹洞宗の禄役所となり勅願所と定められます。慶長九年(1604)奉行所に出願して現地に諸堂宇が建立されます。慶長十年(1605)に龍昌寺と改められたと伝わります。
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 銀山大盛祈願道場の石碑には碑文があり、嘉永二年(1849)に大盛祈願の大修法が行われたことが分かります。いつごろから祈願寺とされたかは不明ですが、大森陣屋との繋がりも深く、大久保長安の制札の写しもあり、また四人の代官(浅岡彦四郎、川崎平右衛門貞孝、川崎市之進、川崎平右衛門定安)の墓もあり、石見銀山の中でも有力寺院の一つと考えられます。
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2026年2月13日 (金) 09:29時点における最新版

 銀山公園の駐車場から龍源寺間歩方面に進み、龍源寺間歩までの道のちょうど半分程度まで来たところに休憩所があります。この近くには安養寺という寺があり、そこから遊歩道を少し戻ると、銀山大盛祈願道場(銀山には3ヶ所存在するうちの一つ)という石碑が現れます。この先を進むと96段の登り石段に差し掛かります。ここが玉峯山龍昌寺のあった場所です。現在は銀山の衰退に伴い移転し、仏堂も残っていません。

 由緒によれば、応永年間(1394~1427)銀山仙の山に草庵を結んだが、寛正年間(1460~1466)に山吹城の内寺となったと伝わります。1527年に後口に瀧があるのをもって瀧照寺となりますが、文禄三年(1594)曹洞宗の禄役所となり勅願所と定められます。慶長九年(1604)奉行所に出願して現地に諸堂宇が建立されます。慶長十年(1605)に龍昌寺と改められたと伝わります。

 銀山大盛祈願道場の石碑には碑文があり、嘉永二年(1849)に大盛祈願の大修法が行われたことが分かります。いつごろから祈願寺とされたかは不明ですが、大森陣屋との繋がりも深く、大久保長安の制札の写しもあり、また四人の代官(浅岡彦四郎、川崎平右衛門貞孝、川崎市之進、川崎平右衛門定安)の墓もあり、石見銀山の中でも有力寺院の一つと考えられます。

 現在、大森町に現存する最古の木造建造物である西本寺の山門は、もとは山吹城の山門であり、昭和三十六年(1961)に西本寺に移築されるまでは龍昌寺の山門でした。

石見銀山領33ヵ寺 3番札所
龍昌寺
03龍昌寺3.jpg
山号 玉峯山
寺号 龍昌寺(りゅうしょうじ)
宗旨 曹洞宗
所在地 島根県大田市大森町(建物無し)
観音 聖観音(現在無し)
御詠歌 ほからかに 玉(たま)のミねこす 山のその 星をさとりの たねとこそミれ
スタンプ設置場所 石見銀山大森観光案内所
特徴的な樹木 イヌマキ

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