「高野寺」の版間の差分
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| − | | | + | |スタンプ設置場所 = 本堂前 |
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| − | + | 県道32号温泉津川本線の真ん中あたりの山道を西に向かって登ると、森に囲まれた山中に突如銀黒瓦の大屋根が現れます。正面の仁王門前には、鐘を担いできた河童が腰かけたと伝わるエンコウ岩があり、苔むした石段を登って中門をくぐると、長い石段の先に本堂があります。本堂右には四国八十八ヵ所の地蔵堂があり、左手には大田市文化財のアカガシ群生林が広がっています。 | |
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| + | 高野寺は、弘仁五年(814)弘法大師諸国巡錫のおりに開基されました。鎌倉中期、伏見天皇(1287~1298)より寺領として方一里の地を賜い七堂伽藍を建立しました。その後、地主鏡向神のおつげにより、永徳年間に熊野権現を勧進して鎮守とされました。 | ||
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| + | 文明十一年(1479)石見守護大内氏は、当時一円に信仰礼拝された高野寺を寺領安堵し、深く信仰を求め帰依しました。 | ||
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| + | 永禄年間(1558~1570)毛利元就公が陣中で聖観世音菩薩の霊夢をえて寺を祈願所とし、田畝を寄進されました。天正中期より文禄二年(1593)に丸山城主小笠原公が大師堂を寄進されました。 | ||
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| + | 享保十八年(1733)再度の火災に遭い、嘉永六年(1853)に再建した折に、小松宮仁品彰仁親王より勅額「醍醐味山」を賜りました。 | ||
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| + | 寺宝の撞鐘は謎の名鐘を呼ばれ、谷住郷の七日淵より河童が背負って来たと言い伝えられており、県の重要文化財に指定されています。 | ||
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| + | 毎年、境内に千本植えられたつつじが満開となる5月5日につつじ祭り(柴燈大護摩供火渡りの行)を開催、人形供養も行っており、どなたでも参加することができます。本尊の聖観世音菩薩は三十三年に一度御開帳される秘仏で、弘法大師が刻んだといわれる胎内仏がおられます。 | ||
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2026年2月13日 (金) 08:32時点における最新版
| 石見銀山領33ヵ寺 33番札所 高野寺 | |
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| 山号 | 鏡向山 |
| 寺号 | 高野寺(たかのじ) |
| 宗旨 | 真言宗 |
| 所在地 | 島根県大田市温泉津町井田ハ480 |
| 観音 | 聖観音(秘仏/33年に1度御開帳) |
| 御詠歌 | 高の寺や むつの太鼓(たいこ)も うち納(おさめ) ふたらくせんに やとる巡礼(じゅんれい) |
| スタンプ設置場所 | 本堂前 |
| 特徴的な樹木 | アカガシ林、千本つつじ |
| 備考 | 石見国観音霊場 33番札所(結願所) |
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県道32号温泉津川本線の真ん中あたりの山道を西に向かって登ると、森に囲まれた山中に突如銀黒瓦の大屋根が現れます。正面の仁王門前には、鐘を担いできた河童が腰かけたと伝わるエンコウ岩があり、苔むした石段を登って中門をくぐると、長い石段の先に本堂があります。本堂右には四国八十八ヵ所の地蔵堂があり、左手には大田市文化財のアカガシ群生林が広がっています。
高野寺は、弘仁五年(814)弘法大師諸国巡錫のおりに開基されました。鎌倉中期、伏見天皇(1287~1298)より寺領として方一里の地を賜い七堂伽藍を建立しました。その後、地主鏡向神のおつげにより、永徳年間に熊野権現を勧進して鎮守とされました。
文明十一年(1479)石見守護大内氏は、当時一円に信仰礼拝された高野寺を寺領安堵し、深く信仰を求め帰依しました。
永禄年間(1558~1570)毛利元就公が陣中で聖観世音菩薩の霊夢をえて寺を祈願所とし、田畝を寄進されました。天正中期より文禄二年(1593)に丸山城主小笠原公が大師堂を寄進されました。
享保十八年(1733)再度の火災に遭い、嘉永六年(1853)に再建した折に、小松宮仁品彰仁親王より勅額「醍醐味山」を賜りました。
寺宝の撞鐘は謎の名鐘を呼ばれ、谷住郷の七日淵より河童が背負って来たと言い伝えられており、県の重要文化財に指定されています。
毎年、境内に千本植えられたつつじが満開となる5月5日につつじ祭り(柴燈大護摩供火渡りの行)を開催、人形供養も行っており、どなたでも参加することができます。本尊の聖観世音菩薩は三十三年に一度御開帳される秘仏で、弘法大師が刻んだといわれる胎内仏がおられます。
動画[編集]
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脚註[編集]