「慈恩寺」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
(2人の利用者による、間の6版が非表示)
1行目: 1行目:
[[Category:石見銀山領33ヵ所巡り|し]]
+
[[Category:石見銀山領33ヵ寺巡り|し]]
 
 
 
 
 
{{石見銀山領33ヵ寺基本情報
 
{{石見銀山領33ヵ寺基本情報
 
|名称 = 慈恩寺
 
|名称 = 慈恩寺
20行目: 18行目:
 
|スタンプ設置場所 = 本堂前
 
|スタンプ設置場所 = 本堂前
 
|スタンプ設置場所写真 =  
 
|スタンプ設置場所写真 =  
|特徴的な樹木 = —
+
|特徴的な樹木 = 山桜3千本(裏山)
|巨木のある場所 = —
+
|地形・地質 =  
|樹木の解説 = 山桜3千本(裏山)
 
|地形・地質 = —
 
|地名 = —
 
|地質の解説 =  
 
 
}}
 
}}
  
慈恩寺の本尊は、足利直冬が兜に付けていたと伝わる1寸8分の聖観音(秘仏)です。前立本尊として、十一面観音菩薩が安置されています。<ref>『[[出版物#.E3.80.8E.E7.9F.B3.E8.A6.8B.E9.8A.80.E5.B1.B1.E9.A0.98.E4.B8.89.E5.8D.81.E4.B8.89.E3.82.AB.E6.89.80.E5.B7.A1.E3.82.8A.E3.80.8F|石見銀山領三十三ヵ所巡り]]』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。</ref>
+
 都治川の中流沿いに、四季折々の花木に囲まれた慈恩寺があります。創立は正嘉二年(1258)。かつては、山陰道をはさんだ向かいの高畑城の下段にありました。江戸時代以前に現在の場所に移転したとのことです。28、29、30番と3つの札所が山陰街道沿いに並んでおり、当時このあたりの交通が盛んであったことを物語っています。
お寺の裏山には3000本の山桜が植えてあり、西国33ヶ所の観音様がおられます.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>
+
 
御朱印があります。
+
 南北朝時代、足利尊氏の庶子である直冬は中国探題に抜擢されました。その後、父尊氏に対して反乱を起こしたが降参、慈恩寺に蟄居させられ、その30年後、74歳で死没し同寺に葬られたとのことです。慈恩寺は16世紀には20余りの末寺があったそうです。
 +
 
 +
 遠くからもよく見えるお寺の黒い瓦屋根には、足利氏の家紋「二つ引両」が配置されています。ご本尊は直冬が兜に着けていたといわれる聖観音様であり、三十三年に1回御開帳される秘仏で、現在は十一面観音像が前立のご本尊様です。
 +
 
 +
 境内には、開山様を祀った開山堂や経本を収納した転輪蔵が並んでいます。裏山に山桜が植栽され、山道には西国三十三カ所の観音様が配置されており、お花見をしながらミニ巡礼をすることができます。お寺には裏山から湧き出た清水をためた池もあり、桜に囲まれたお寺は昔話にでてきそうです。
 +
 
 +
 事前に申し込めば、坐禅を体験することができます。
 +
 
 
== 動画 ==
 
== 動画 ==
 
‎<youtube>fJ9LoXVqcHI‎</YouTube>
 
‎<youtube>fJ9LoXVqcHI‎</YouTube>
47行目: 48行目:
 
30慈恩寺都治 慈恩寺-8.jpg|キャプション
 
30慈恩寺都治 慈恩寺-8.jpg|キャプション
 
30慈恩寺都治 慈恩寺-12.jpg|キャプション
 
30慈恩寺都治 慈恩寺-12.jpg|キャプション
 +
慈恩寺スタンプ置き場.JPG|スタンプ置き場
 +
慈恩寺スタンプ置き場2.JPG|スタンプ置き場2
 
</gallery>
 
</gallery>
  
54行目: 57行目:
  
 
{{石見銀山領33ヵ寺一覧}}
 
{{石見銀山領33ヵ寺一覧}}
 +
{{巨木・ジオサイト一覧}}

2026年2月13日 (金) 08:31時点における最新版

石見銀山領33ヵ寺 30番札所
慈恩寺
30慈恩寺1.jpg
山号 南陽山
寺号 慈恩寺(じおんじ)
宗旨 臨済宗
所在地 島根県江津市都治町1174
観音 聖観音(本尊)
十一面観音(秘仏/33年に1度御開帳)
御詠歌 ふたらくの 南の岸に 藤(ふじ)咲(さき)て それとしらする むらさきの雲
スタンプ設置場所 本堂前
特徴的な樹木 山桜3千本(裏山)

地図を読み込み中...

テンプレートを表示

 都治川の中流沿いに、四季折々の花木に囲まれた慈恩寺があります。創立は正嘉二年(1258)。かつては、山陰道をはさんだ向かいの高畑城の下段にありました。江戸時代以前に現在の場所に移転したとのことです。28、29、30番と3つの札所が山陰街道沿いに並んでおり、当時このあたりの交通が盛んであったことを物語っています。

 南北朝時代、足利尊氏の庶子である直冬は中国探題に抜擢されました。その後、父尊氏に対して反乱を起こしたが降参、慈恩寺に蟄居させられ、その30年後、74歳で死没し同寺に葬られたとのことです。慈恩寺は16世紀には20余りの末寺があったそうです。

 遠くからもよく見えるお寺の黒い瓦屋根には、足利氏の家紋「二つ引両」が配置されています。ご本尊は直冬が兜に着けていたといわれる聖観音様であり、三十三年に1回御開帳される秘仏で、現在は十一面観音像が前立のご本尊様です。

 境内には、開山様を祀った開山堂や経本を収納した転輪蔵が並んでいます。裏山に山桜が植栽され、山道には西国三十三カ所の観音様が配置されており、お花見をしながらミニ巡礼をすることができます。お寺には裏山から湧き出た清水をためた池もあり、桜に囲まれたお寺は昔話にでてきそうです。

 事前に申し込めば、坐禅を体験することができます。

動画[編集]

画像ギャラリー[編集]

脚註[編集]