「金剛院」の版間の差分

提供:石見銀山領33ヵ寺巡り
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 温泉津温泉街の細い路地の奥にイヌマキの大木を前にして本堂が建っています。
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境内にそびえるラカンマキの大木が歴史を物語っています.御朱印は高野寺にてお渡ししています.<ref>「石見銀山領33ヵ寺巡りマップ」お勧めポイントより</ref>
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 高野山正智院で修行中の鏡尊法印が、夢に現れた観音様のお告げに従って観音像を背負って諸国を廻っていたところ、「ここが我が衆正の地である」と告げられ、延元二年(1337)、温泉津に尊像を安置し金剛庵を開創されたと伝わっています。その後、邇摩郡大家の庄井尻村水久路城城主中尾大炊之介が堂を改修、金剛院と称して中尾氏の菩提所となりました。温泉津温泉の中心地、恵珖寺と地続きの場所にありましたが、宝暦十年(1760)現在の地へ護摩堂一宇を再建、移転しました。翌年に愛宕大権現に十一面法修業し、庫裡に神棚を祀り現在に至るといいます。
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 本堂裏には中尾家歴代の墓所があり、その左端の石窟の中には「日引石」で作られた石仏の台座があります。「日引石」は、福井県高浜町日引で産出した石材で、船舶の底荷・バラスト(重心を保つ重石)として、日本海沿岸地域に出荷されていたもので、北前船交易の時代をうかがい知ることができます。墓所前には、左山上にある愛宕神社の分社である小さなお社が祀ってあります。
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 18世紀には、全国を修行した遊行僧の一人である木食が一木造の仏像「木食仏」を刻んで奉納しています。現在、木食仏は島根県立古代出雲博物館に保管されています。ご本尊の千手観世音菩薩様は秘仏で、三十三年に1回の御開帳があります。
  
 
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2026年2月13日 (金) 08:28時点における最新版

 温泉津温泉街の細い路地の奥にイヌマキの大木を前にして本堂が建っています。

 高野山正智院で修行中の鏡尊法印が、夢に現れた観音様のお告げに従って観音像を背負って諸国を廻っていたところ、「ここが我が衆正の地である」と告げられ、延元二年(1337)、温泉津に尊像を安置し金剛庵を開創されたと伝わっています。その後、邇摩郡大家の庄井尻村水久路城城主中尾大炊之介が堂を改修、金剛院と称して中尾氏の菩提所となりました。温泉津温泉の中心地、恵珖寺と地続きの場所にありましたが、宝暦十年(1760)現在の地へ護摩堂一宇を再建、移転しました。翌年に愛宕大権現に十一面法修業し、庫裡に神棚を祀り現在に至るといいます。

 本堂裏には中尾家歴代の墓所があり、その左端の石窟の中には「日引石」で作られた石仏の台座があります。「日引石」は、福井県高浜町日引で産出した石材で、船舶の底荷・バラスト(重心を保つ重石)として、日本海沿岸地域に出荷されていたもので、北前船交易の時代をうかがい知ることができます。墓所前には、左山上にある愛宕神社の分社である小さなお社が祀ってあります。

 18世紀には、全国を修行した遊行僧の一人である木食が一木造の仏像「木食仏」を刻んで奉納しています。現在、木食仏は島根県立古代出雲博物館に保管されています。ご本尊の千手観世音菩薩様は秘仏で、三十三年に1回の御開帳があります。

石見銀山領33ヵ寺 26番札所
金剛院
26金剛院1.jpg
山号 見宝山
寺号 金剛院(こんごういん)
宗旨 真言宗
所在地 島根県大田市温泉津町イ758
観音 千手観音(秘仏/33年に1度御開帳/本尊)
御詠歌 うつしミる 宝の山の 花さかり やすくたのしむ 国のけしきを
スタンプ設置場所 本堂前
特徴的な樹木 ラカンマキ

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金剛院の本尊の千手観音は、昔、観音の霊験により鏡尊法印が背負って諸国を回ったところ、温泉津町橋の階で重くなり一歩も進むことができなくなり、その夜に再び夢に観音が現れて、その地に堂を造り、安置されたものであると伝えられています。今の御詠歌は、「罪とがも あらいて流す 湯の里で 願いの叶う 身こそ嬉しき」です。[1]

動画[編集]

画像ギャラリー[編集]

脚註[編集]

  1. 石見銀山領三十三ヵ所巡り』(桜江古文書を現代に活かす会、2019年)より転載。