‘事務局日記’ カテゴリーのアーカイブ

花田植え

2011年6月7日 火曜日

『六月五日天候に恵まれ 戸河内地区の花田植えを 七年ぶりに 盛大に行うことができました 老若男女百人あまりで 大太鼓 小太鼓で囃子をして 田植え歌を歌い 苗取りから田植えが終るまで 伝統の行事を終了しました 参加した私たちは勿論ですが 見てくださった方も充分楽しんでもらえたものと思っています 嘉野』

阿須那の「次の日」(じのひ)祭り

2011年5月26日 木曜日

 

土練りと同じ日、瑞穂町阿須那ではお祭りがありました。会員の嘉野さんが写真を送ってくださいました。
以下、嘉野さんの解説です。
京都上賀茂神社の流れをくむ阿須那賀茂神社の例大祭です。 今年は「巫女の舞」 「流鏑馬」も復活しました。 
 最大の呼び物は 若連中が奉納する傘鉾でしょう。 直径5m 高さ約4m 重さ約 200kg 飾り付けた大きな傘鉾を若者が阿須那の街中 約100mを上から下へ練り歩きます。 なにしろ上が重いので倒れ易いんです 倒れ掛かっても うまく運んでも観衆はわー と大きな声で声援を送って楽しみます。
 今年は土曜日で天気が好くて沢山の人で賑わいました。 写真は傘鉾の風景です。

絶景かな!

2011年5月6日 金曜日

見下ろしているのは、桜江町川越大橋を中心とした景色です。こちら側は、岩城山の屏風岩の上。甘南備寺の東隣に、およそ500mの岩城山があります。川越小学校から岩城山を見上げた頂上付近の垂直の岩が屏風岩です。足がすくむほどの雄大な景色は遠い昔から変わってないんでしょうね。

きのこノコノコ・・・

2010年12月17日 金曜日

こちらは、菌床キノコの「ナメコ」が生え始めたところ。桜江古文書を現代に活かす会内に発足した「樹冠ネットワーク」の目的は、昔の人の知恵を学びながら、現代風に山林の資源を活かし、森林と農村を元気にすることですが、この菌床きのこは、まさに、現代風にアレンジした森の恵みのたまものです。家の中で、キノコの成長を楽しみ、味わうことができます。キノコの栄養には、江の川流域の樹木が使われています。同じ日に、袋を破って育ち始めた3種類のキノコですが、ヒラタケ、シイタケとの成長の違いは以下の写真の通り。キノコも人と一緒で成長がいろいろですね。

kano-2

2010年6月8日 火曜日

天保の大飢饉 よく聞いています 6/7の古文書の会で 天保14年(1844)の村入用付出帳の 勉強をしました。 その中の一文に 当卯年より午年まで4年間悪年の由 大社において御祈祷があるので 中右兵衛殿 直ちにお参りなされ御初穂差し上げ申し候 とあり飢饉について改めて感じました

中村征雄です

2010年6月7日 月曜日

今日の古文書に親しむ会は、天保14年の村入用付出し帳でした。大貫村の出費が、一銀何匁何分何厘と記録してあり、月ごとの締めがしてありました。当時の村の出費の状況が良くわかりました。

今日は

2010年6月7日 月曜日

桜江古文書の会の嘉野と申します 来月の古文書の会は、7月5日午後1時半からです。 皆さんお越しください。

伊能忠敬測量隊がやってきた

2010年4月28日 水曜日

伊能忠敬測量日記によると、文化6年8月27日~文化8年5月8日の九州第1次測量の折、測量隊が桜江町付近を訪れたそうだ。文化8年2月18日、「止宿割庄屋沢津健次郎」とある。江津市立図書館で読み進めている沢津家文書に記述がないだろうか?

また、21日市山村出立、小田村、川戸村、八戸川を渡って大森支配御両所、当時前沢藤十郎大官、谷住郷村「止宿住郷組百姓定右衛門」。22日住郷組出立。23日三原村出立。24日大家本郷出立。25日大森逗留、26日大森町出立。27日小松地村出立。浜原駅着。本陣新屋森平、脇宿吾郷屋重蔵。28日浜原村出立。ここから酒谷村へ向かい、銀山御料~出雲国飯石郡広瀬領~松平佐渡守領~赤名~広島方面へ向かった。この連休中に、文化8年の古文書を探して、伊能忠敬についての記述がないか探してみようかな。