‘蔵の中’ カテゴリーのアーカイブ

蔵の中でほこりにまみれた昔の道具類は、欠けていたり、色あせていたり。「どうやって使ったんだろう?何のための道具かな?」などと好奇心が湧いてきます。そんな疑問に答えてくださる方が見つかることを期待して、思いつくままに写真を掲載しています。

たたらの道具

2010年8月18日 水曜日

郷蔵の向かいの蔵の2階には材木が置いてある。まるで端切れのような木っぱが積み重ねて置いてある。その中にたたらに使ったと思われる道具類があった。これらはその一部。左のスコップには、背丈ほどもある長い木の柄が付いている。その他の道具類にも柄を差し込む穴があり、朽ちた木のカスがつまっていた。

おばけ(?)提灯

2010年6月21日 月曜日

提灯袋と中身蔵の壁にぶら下がっていた提灯の入った袋が、ぼとん、と床に落ちていました。ぼろぼろに破れた提灯は、夜中には、おばけ提灯になってろうそくの明かりを灯しているかも。提灯袋表は、家紋入り。裏には漢文が書かれていました。何と書いてあるのかな?

かぐらさん

2010年5月17日 月曜日

約60センチ×45センチの重たい木の固まり。いったいこれが何なのか、子供のころからの疑問でした。先月、ようやくその答えがわかりました。木の固まりのふたを開けると、鍋のようなものが取り出せます。鍋はやはり木でできています。その周りを鉄の棒がぐるりと取り囲み、鍋のような木の固まりをぐるぐる回せる仕組みになっています。

この道具は、家を建てるときに心棒の柱の下に置く道具なんだそうです。心棒にロープを張って滑車をつるし、建物の柱を釣り上げるのに使います。祖式在住の宮大工棟梁に教えてもらいました。

枕かな

2010年4月26日 月曜日

ずいぶんとほこりにまみれて、ぽつんと棚の上に置いてありました。

木製の枕でしょうか?それにしては、底辺が弧になっているので安定しませんね。

頭を載せる部分に布もないですし・・・

かねわかし

2010年4月9日 金曜日

松江での古文書に親しむ会で「天保3(1832)年 おさむ入用帳」を読み解いたことがあります。

おさむさんがお嫁入りのとき持って行った道具類が記載してありました。その中にお歯黒の道具とみられる記載がありました。

「よはひ草」という書物にお歯黒の道具類の挿絵がありますが、その中にこれとそっくりな道具がありました。

印鑑の入った引き出しの中

2010年3月19日 金曜日

(庄屋さんは、たくさん印鑑を持っていたらしい・・・)

印の押してある薄い板。何に使ったもの?

印鑑の入った引き出しに入っていた木片。何の木?何のため?

薬箱の中身は謎が多い…

2010年3月19日 金曜日

薬箪笥の中の小物入れにしまってあった薬包紙
「天の土 文化七庚千年 正月十八日ふる」
中には砂が・・・どうやら黄砂らしい。

同じ日に金沢(鶴村日記)、美保関(美保関神社日記)でも赤い雪が降ったという記録がある。金沢では薬として将軍に献上したらしい。日本海側に広範囲に降った黄砂の薬効はいかに・・・どなたか調べてみませんか?

「かわうその口毛」
と書いて、大事に紙に包んであった。本物?何に使ったのやら?

「猪の毛」
同じく、猪の毛。

「つるのはね」
同じく、大事に紙に包んで、薬箱に。

「目の中へ ほこりの入りたる時 此の薬をしたの上におきたへばしばらくして出るなり」という但し書きのついた薬。からし?かな?

郷蔵とは

2010年3月19日 金曜日

中村家の郷蔵

江戸幕府は、凶作や飢饉に際しての備蓄を目的に各村に郷蔵を設置した。

郷蔵は鍵を村役人が預かり、穀物の出納にあたっては厳しく管理された。明治期になって村の共有財産であった郷蔵は、個人へと払い下げられた。その後、多くの郷蔵は廃棄、解体されてしまったようで、現在はほとんどが失われた。島根県では、田部家の郷蔵が現存する程度と言われている。